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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)2046号 判決 1999年2月18日

大阪府松原市三宅中八丁目五番一号

控訴人、附帯被控訴人(一審被告)

トーグ安全工業株式会社

右代表者代表取締役

野黒一郎

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

浦田和栄

松本司

辻川正人

岩坪哲

南聡

冨田浩也

酒井紀子

深堀知子

奥村徹

田中哲生

同補佐人弁理士

永田良昭

神戸市中央区東町一一三番地

大神ビル五階

被控訴人、附帯控訴人(一審原告)

サンモール電子株式会社

右代表者代表取締役

村上泰雄

神戸市灘区篠原北町三丁目二番五号

被控訴人、附帯控訴人(一審原告)

原昭平

右両名訴訟代理人弁護士

中村良三

岡時寿

明賀英樹

黒田一弘

右両名補佐人弁理士

岡村俊雄

主文

一  本件控訴及び本件附帯控訴に基づき、原判決主文第三項を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告らに対し、金四九四万七一五三円及び内二六三万一三四八円に対する平成八年七月七日から支払済みまで、内二三一万五八〇五円に対する平成一〇年一〇月二九日から支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告らのその余の請求及び本件附帯控訴にかかるその余の追加請求をいずれも棄却する。

二  一審被告の民事訴訟法二六〇条二項に基づく申立を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を一審原告らの、その余を一審被告の負担とする。

四  この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  一審被告

1  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

2  一審原告らの請求を棄却する。

3  一審原告らの附帯控訴を棄却する。

(民事訴訟法二六〇条二項に基づく申立)

4  一審原告らは、各自、一審被告に対して、金三一〇八万四五八九円及び平成一〇年八月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。

二  一審原告ら

1  一審被告の控訴を棄却する。

2  (附帯控訴による当審における追加請求)

一審被告は、一審原告らに対し、金二三六二万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年一〇月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  一審被告の民事訴訟法二六〇条二項に基づく申立を棄却する。

4  控訴費用及び附帯控訴費用は、一審被告の負担とする。

5  仮執行宣言

(以下、一審原告を「原告」、一審被告を「被告」という。)

第二  当事者の主張

一  原判決の「第二 当事者の主張」のとおりであるからこれを引用する。

ただし、補償金請求に関する部分を除き(一審原告は、当該請求に関し不服申立はしていない。)、原判決一一頁三行目の「発行」を「発光」と改める。

二  当審において付加、補充された被告の反論

1  販売個数と売上について

平成六年三月九日から平成八年六月三〇日までに被告が販売した八灯式ピカレスコーンの販売個数は一万○八三五個であり、売上合計金額は四〇七三万九八七〇円であり、同じく、一六灯式ピカレスコーンの販売個数は二四七五個であり、売上合計金額は一一八八万七一〇〇円である。

2  実施料相当額について

本件実用新案権の実施料相当額は三パーセントが相当である。

三  附帯控訴(請求の拡張)について

1  請求の原因

被告は、平成八年七月一日から平成一〇年九月三〇日までの間にイ号物件を一個当たり三五〇〇円で少なくとも毎月五〇〇〇個販売し、これにより四億七二五〇万円以上の売上を得た。

右売上金に五パーセントを乗じた二三六二万五〇〇〇円が平成八年七月一日から平成一〇年九月三〇日までの間における本件実用新案権の実施料に相当する原告らの損害である。

2  附帯控訴にかかる請求の原因に対する認否

請求原因は否認する。

平成八年七月一日から平成一〇年九月三〇日までの八灯式ピカレスコーンの売上個数合計は一万〇九三八個であり、売上金額合計は三八七〇万五〇二四円であり、同じく、一六灯式ピカレスコーンの売上個数合計は一六四八個であり、売上金額合計は七六一万一〇六八円であった。

本件実用新案権の実施料は三パーセントが相当である。

四  民事訴訟法二六〇条二項に基づく申立について

1  請求の原因

(一) 原告らと被告との問に、仮執行宣言の付いた原判決が存する。

(二) 被告は、平成一〇年六月二二日、神戸地方裁判所において強制執行停止を取得し(同裁判所平成一〇年(モ)第七一九号)、同日、株式会社大阪銀行梅田支店との間に金二二〇〇万円の支払保証委託契約を締結した。

右強制執行停止決定は、同月二三日に原告会社に、同月二四日に原告原昭平に送達された。また、同月二二日に被告代理人村林隆一から原告代理人中村良三に対して、ファックスにより通知した。

(三) 原告らは、(一)の債務名義に基づいて、大阪地方裁判所堺支部において平成一〇年八月六日に金二六〇八万四五八九円の債権差押命令を取得し(平成一O年(ル)第六三七号)、同月一○日に東海銀行阿倍野橋支店に送達された。

(四) 前項の結果、被告の同銀行の前記預金は凍結され、月末の支払に支障が生じ、少なくとも五〇〇万円の損害を被った。

(五) よって、被告は、原告両名に対し、金三一〇八万四五八九円及び平成一〇年八月一〇日から右支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

2  民事訴訟法二六〇条二項に基づく申立の請求原因に対する認否

(一) 右請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)の事実は否認する。

3  民事訴訟法二六〇条二項に基づく申立についての原告らの主張

被告は、原告らに対して支払保証委託契約書写を送付しなかった。

被告は、平成一〇年八月一九日、大阪地方裁判所堺支部に本件執行停止決定及び支払保証委託契約書を提出し、同裁判所は、原告会社に対し、取立てをしてはならない旨の通知書とともに本件執行停止決定写と支払保証委託契約書写を送付したが、右支払保証委託契約書写の保証先欄には原告原昭平の氏名は記載されていなかった。

原告らが、差押命令を得た時点では、有効に支払保証委託契約が締結されたとはいえず、また、原告らは、未だ、右差押命令に基づく取立てもしていない。仮に、右差押命令時において、本件執行停止決定の効力が発生していたとしても、決定正本の提出を受けた執行機関が、それ以降、執行を開始し、続行することができないに過ぎないから、原告らの行為が違法となることはない。

第三  証拠

原審及び当審各訴訟記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  イ号物件が本件実用新案権を侵害するか否かについて

一  請求原因1(原告らの本件考案)、同2(本件考案の構成要件)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件登録請求の範囲に記載された「斜め上内側方向」について

1  請求原因3(本件考案の作用効果)のうち(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

2  同(三) については、甲二(実用新案公報)及び検甲四の1、2(原告製品の写真)によると、これを認めることができる。

なお、甲第二号証によれば、本件公報の詳細な説明には、本件考案の実施例が図面を交えて説明されており、その説明の中には、発光ダイオードの光線がカラーコーン円錐部分の内壁面に当たってその一部が透過するとともに乱反射され、透過と乱反射を繰り返しながら頂部に向かって円錐部分が照明されるという記載があり、発光ダイオードから放射された約四五度の直線の光線がカラーコーン内壁に正反射しながら上昇している状況が第1図として図示されていることが認められる。

被告は、右のような実施例の説明をとらえて、本件考案によっては、発光ダイオードから斜め上に放射された光の大部分はそのままカラーコーンを透過するため、円錐部分の中央付近が照射されるだけで円錐部分全体が照射されることはなく、本件考案が実施不可能であるとか、本件考案の技術的範囲が右の第1図に示された実施例に限定されるべきであるなどと主張する。

しかしながら、発光ダイオードの光は自然放出光であり、工業製品等に用いられる通常の発光ダイオードのランプの指向特性方向自体にある程度の幅がある上、指向特性方向以外にも光が出るため、指向レーザー光のような直線で表記することのできる光でないこと(甲六の1ないし4)、また、鏡のように研磨された表面ではないカラーコーン円錐部分の内壁で光が正反射することはないから(右のとおり本件詳細な説明において乱反射することが明記されている)、右の第1図が、本件考案に係る照明装置の働きを正確に模写したものでないことは自明のことであり、右の第1図は、あくまで、円錐部分内部での反射によって光が拡散され円錐部分が全体的に照らし出される仕組みを単純化し模式的に表現したにすぎないと解するべきである。

したがって、右の第1図をもって、本件考案の構成要件(四)の「斜め上内側方向」の「斜め」の角度について、具体的に何度の傾きでなければならないというように限定を加えて解釈すべき根拠とすることはできず、また右考案が実施不能であることを認めるに足る確証はないから、本件考案の実施可能性や技術的範囲に関する被告の右主張は失当である。

三  イ号物件の本件考案の構成要件充足性について

1  被告が、「ピカレスコーン」などの名称で、平成二年一一月ころから、イ号物件を業として製造、販売していることは当事者間に争いがない。

なお、被告は、イ号物件の説明として、発光ダイオードの光の方向が「上方と内側方向とに向かって光を放射する」との点を争っているが、後記3のとおり、被告が製造、販売している内照式保安灯の発光ダイオードは上方だけでなく、内側方向にも光を放射しているというべきである。

2  イ号物件が、本件考案の構成要件(一)ないし(三)、(五)を充足することは当事者間に争いがない。

3  イ号物件が、本件考案の構成要件(四)を充足するか否かについて

甲六の1ないし4、検甲五の1、2、七、八の1、2、九の1、2、一〇の1、2、一二の1、2、一三の1、2、一五の1、2、乙六によれば、以下の事実が認められる。

(一) イ号物件の照明装置は、環状ケースの立上がり辺の上端部に、環状に複数の発光ダイオードのランプを配置し、それら発光ダイオードのランプが電池から給電される仕組みになっている。

(二) 発光ダイオードのチップに電流を流して光を放射させた場合には、レーザー光のような指向性のある光は得られず、あらゆる方向に拡散する自然放出光が得られるため、工業製品等に用いられる通常の発光ダイオードのランプは、発光ダイオードのチップの側方及び後方に反射板を設置し、前面にレンズを用いることにより、放射光を有効に前面に誘導する仕組みがとられている。

そのような通常の発光ダイオードのランプから放射される主要な光は、ランプの前面方向を中心として概ね二〇度ないし二五度の角度の拡がりを持った円錐形の光である(主要な光以外にも様々の方向に光は漏れる。)。

(三) イ号物件の発光ダイオードのランプは、ランプから放射された円錐形の光の中心が概ねカラーコーンの円錐部分の頂部に向かうよう上向きに取り付けられており、放射光は、二〇度ないし二五度の角度で拡がりつつ、頂部に向かって進むことになる。

そして、右放射光のうち、カラーコーン円錐部分の内側に到達した放射光のうち外側に透過するもの以外は乱反射をし、円錐部分全体が照らし出されることになる。

(四) 被告は、イ号物件の発光ダイオードの放射光が「上向き」すなわち鉛直方向に向かっており、「斜め上内側方向」に向かっていないと主張している。

しかし、前記(二)のとおり、イ号物件の発光ダイオードのランプの光は、カラーコーンの円錐部分の内壁面に沿う方向を中心としてその周囲二〇度ないし二五度の方向に拡がって放射されるものということができ、イ号物件の発光ダイオードの光の大半が鉛直あるいは外側に向けて放射されるのではなく、カラーコーン内壁面の「斜め上内側方向に向かって」も放射されるということになる。

乙第六号証(被告の担当社員の陳述書)においても、イ号物件においては「発光ダイオードから発せられた光がコーンの頂部まで直接光が到達するように、発光ダイオードの向きは上方にしています。」と記載されているのであり、カラーコーンが円錐形であることからすれば、右陳述書にいう「上方」とは頂部に向かう「斜め上内側向き」と解するほかないところである(イ号物件の写真が掲載された被告作成のパンフレットである甲三を見ると、発行ダイオードのランプは、やや内側に向かって取り付けられていることが認められる。)。

本件においては、右認定を覆し、イ号物件の発光ダイオードの光がカラーコーン円錐部分の頂部に向かって(すなわち、斜め上内側方向に向かって)放射されていることに疑いを差し挟むべき事情は特に見当たらない。

(五) 以上によると、イ号物件の照明装置は、本件考案の構成要件(四)にいう「環状ケースの立上がり辺に所定の周間隔でもって環状に配設され」「電気から給電されて」「斜め上内側方向に向かって光を放射する複数の発光ダイオード」によって構成されていることが明らかである。

四  要旨の変更に当たるか否か

被告は、本件補正が要旨の変更に該当すると主張するが、当裁判所は、要旨の変更に当たらないと解する。その理由は、原判決の理由(原判決三六頁一行目から同四一頁四行目まで)に説示するとおりであるからこれを引用する。

五  まとめ

以上によると、イ号物件が本件考案の構成要件をいずれも充足することが認められ、これを業として製造、販売する行為は、本件実用新案権の侵害行為に該当するから、原告らは、実用新案法二七条に基づき、被告に対し、イ号物件の製造、販売の停止及びイ号物件の廃棄を求めることができる。

第二  損害

一  イ号物件の販売個数及び売上金額

被告は、平成六年三月九日(本件実用新案権の出願公告の日)から平成八年六月三〇日までの間、イ号物件である八灯式ピカレスコーンを一万○八三五個販売し、これにより四〇七三万九八七〇円の売上を、同じく、イ号物件である一六灯式ピカレスコーンを二四七五個販売し、一一八八万七一〇〇円の売上を得たことが認められる(原告らは、被告の主張する販売個数と売上金額を争わず、これを越える分についての立証をしない。)。

また、被告は、平成八年七月一日から平成一〇年九月三〇日までの間、イ号物件である八灯式ピカレスコーンを一万〇九三八個販売し、これにより三八七〇万五〇二四円の売上を、同じく、イ号物件である一六灯式ピカレスコーンを一六四八個販売し、これにより、七六一万一〇六八円の売上を得たことが認められる(原告らは、被告の主張する販売個数と売上金額を争わず、これを越える分についての立証をしない。なお、旧民事訴訟法三一六条によって裁判所が真実と認めることができるのは、提出を命ぜられた文書の具体的記載についての相手方の主張であって、当該文書によって立証しようとしている証明主題ではない。従って、この点に関する原審の判断は相当でない。)。

二  本件実用新案権の実施料

本件においては、本件実用新案登録出願以前から、発光ダイオードを内蔵した円錐形の道路標識・保安灯に関する先行技術が存在したという事情を窺うことができず、本件考案は、円錐形の道路標識・保安灯の分野に関する新規の技術的思想であると認められる。また、本件考案の実施品の需要者は一般消費者ではなく限られた産業分野の企業等の取引者であって、実施品の宣伝広告に格別の費用・労力を要するとは考えられないし、本件考案の実施品を製作するのに特別な設備投資を要するとも考えられないから、本件考案の技術的思想がその実施品の販売促進に寄与する割合は比較的高いものといわなければならない。

三  したがって、原告ら主張の販売価格の五パーセントという本件実用新案権の実施料率は、妥当なものと認められるから、右一の売上金額の五パーセントである四九四万七一五三円(平成八年六月三〇日までの分は、二六三万一三四八円、同年七月一日から平成一〇年九月三〇日までの分は二三一万五八〇五円)が、原告らが被った本件実用新案権の実施料相当の損害額と認められる。

第三  民事訴訟法二六〇条二項の申立について

原告らは、執行力のある原判決に基づいて、大阪地方裁判所堺支部において、平成一〇年八月六日、金二六〇八万四五八九円の債権差押命令を取得し(平成一〇年(ル)第六三七号)、同月一〇日に東海銀行阿倍野橋支店に送達された(当事者間に争いがない。)。

その結果、被告は、差し押さえられた限度について、同銀行から預金の払戻を受けることができなくなったが、これが取り立てられたわけではな、いので、右二六〇八万四五八九円について損害が発生したとは認められないし、その返還を命じる必要もない。

また、被告は、前記預金が差し押さえられた結果、月末の支払に支障が生じ、少なくとも五〇〇万円の損害を被ったと主張するが、その具体的損害の発生を認めるに足りる主張、立証をしない(なお、民事訴訟法二六〇条に規定する以外の違法執行を理由とする損害賠償請求を控訴審において相手方の同意なくして提起し得ないことはいうまでもない。)。

第四  結論

以上のとおり、原告らの請求(当審で追加された請求を含む)は、イ号物件の製造、販売の差止、同物件の廃棄、並びに損害賠償金四九四万七一五三円及び遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。また、被告の民事訴訟法二六〇条二項に基づく申立は理由がない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六五条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 山田陽三)

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